
実例から学ぶ。企業のコアカルチャーを伝える採用ブランディング
採用ブランディングを実践する際にどのように組み立てていけば良いか、実例を交えながら詳細に説明している書籍や記事はあまり多くはない。単純なペルソナ設計をはじめとするマーケティング的フレームワークの解説に終始してしまっている場合もざらである。
そこで、前回までのブランディングの考え方を踏まえながら、今回の記事では筆者が過去に実例として具体的にどのように採用の企画を行ったかについて解説していく。
採用ブランディング成功の鍵は「一貫性」
採用担当の方と話をすると「候補者のターゲティングとそれに応じた広報をいかにするか」について徹底されている企業は多いように感じる。
しかし、ブランディングとは以前の記事でも説明したように、広報の一側面だけでは成り立たず、選考フローやインターンシップ、内定承諾時のコミュニケーションなど、あらゆるコミュニケーション接点においてその企業“らしさ”を一貫して伝えていかないといけない。
仮にこうした一貫性が無い場合、例えば「ナビサイトでは“うちはベンチャー魂の企業です!”と書いてあったのに、面接で中間管理職クラスの方とお話すると『いや、あれは人事が言っているだけで実際は違うよ』と伝えられた……」と言ったようなことが起きてしまう。これはブランディング以前の問題ではないだろうか?
すると、候補者側としては結局その企業は何を約束してくれるのか?何が本当の魅力なのか?が分からなくなってしまい、選考希望群から心理的に外れて採用から遠のいてしまう。
とはいえ、この一貫性をどのように採用フロー全体で体現すればいいのかは冒頭でお伝えしたように、あまり事例を用いて詳細に伝えられていないのが採用ブランディングにおける現状である。
そこで、今回は過去に著者が実際に支援させていただいた企業のケースを用いて解説していく。

経営者の思想から採用のストーリーを紡ぐ
まず、支援先の企業情報について簡単に紹介する。自社雇用のエンジニアをクライアント企業へ派遣するSES(システム・エンジニアリング・サービス)事業を手がけるグローバルセンス株式会社。事業体制が固まってきたものの、企業課題として肝心の採用が一切手付かずだったため、新たに採用プロジェクトを立ち上げることとなった。
採用活動を一切していなかったこともあり、目標は「半年後、コンスタントに1ヶ月に1〜2人採用できる状態をつくること」。
しかし、2018年8月当時、25名程度のベンチャー企業で採用担当者もおらず、採用コストもほとんどかけられないという「ないない尽くし」の状態からこのプロジェクトは幕を開けた。
まず筆者が行ったのは、掲げられていたビジョンとその背景の確認だった。企業ビジョンとして掲げられていた言葉が、「誰もがどんな時も幾つになっても活躍の場がある事業複合体になる」
このビジョンは、かつて代表が人材派遣企業で営業を務めていた際の原体験からできたものだった。
担当していた個人の派遣労働者の方から「結婚して子どもができた」という、一見すると幸せな連絡を受けた当人は「もし自分がこの人のために仕事を取ってこれなかったら、誰がこの人の赤ちゃんのミルク代を稼ぐんだ?」と不安になり、祝福の言葉を口にできなかった。
そうした経験から「ならば、自分が起業して正社員として、彼と同じような境遇の人を雇ってあげられれば、雇用の安心安全を守ることができる」と考え起業に至ったことから、先ほどのビジョンに繋がっていったと語ってくれた。
この思いはしっかりと社内の制度にも反映されている。同社のビジョンやカルチャーにさえ合えば雇用の安心安全を必ず提供する、というのはもちろん、SESという派遣事業でそれぞれが企業に常駐しているというからこそ、数多くの社内イベントや社員旅行などを積極的に実施しているのだ。
普段は本社に常駐することのほぼ無いメンバーであっても、定期的に同僚と顔を合わせられる。結果、派遣特有の孤独感が生まれない組織体が生まれている。
SES業界を見渡せばこのような企業は滅多になく、「案件に対してどれだけ給与に還元されるのか?」という給与条件面での魅力づけがスタンダード。しかし、派遣先で孤独を感じているエンジニアや、安心して働くことを望んでいる未経験エンジニアなど他社の狙わない方たちにとっては最高の環境になるのでは?と筆者は考えた。
そして、その魅力を伝える広報や選考手法の企画をするようにフェーズを移していった。
※本件は採用面での支援のみが要件であったため、ロゴ・HPデザインなどのVIのディレクションは今回支援せず進める運びとなった。
ビジョンがあるからこそ生まれた「常識外れの選考手法」
採用広報においてはエンジニアと相性が良く、且つあまり予算がかからない手段としてWantedlyとTwitterを活用。肝心のコンテンツだが、上記に挙げたこと以外に「孤独なエンジニアの居場所」を体現している社内制度やカルチャー、進行中の新規事業のビジョンや先輩社員の入社動機などを様々な切り口から表現していった。
また、基本的に選考の前には社内イベントに参加してもらい、企業ブランドをただ認知するだけでなく「体験」してもらうように設計。こうすることでカルチャーのミスマッチを減らしつつ、イベント内で候補者が代表に企業の質問を直接できるようにするなど、自然な流れで企業のファンになるようにデザインする場を設けた。
そして、選考フェーズでは「No内定採用」という、同社特有の選考も実施した。これは“あえて内定を出さない選考”という常識はずれにも映る取り組みだ。
一見すると採用の常識の枠を大きく外れてしまっている奇抜な選考なのだが、これは雇用の安心安全を独自のブランド価値として謳うこの企業だからこそ生まれた選考手法だ。
「本当の雇用の安心安全とは、候補者が親や世間などの周囲の意見に流されるのでなく、“自らがキャリアを選ぶ覚悟とその企業への納得度があってこそ生まれる”」という社長の思いが元となっている。
このように、広報部分だけでなく選考手法を通じても、企業の思想を伝えることでより採用ブランドの一貫性は増し、候補者へ企業の大切な思い・カルチャーを届けることができる。
当の候補者も毎回この選考内容について説明する度に大変驚くのだが、この手段に至った背景の想いを伝えると「この企業とこの代表だからこそですね」と強く納得してくれるケースが大半を占めている。
これらのプロセスの結果として、2ヶ月ほど企画に充てたものの、本格的に採用をスタートしてから6ヶ月弱で従業員数は25名から倍の50名に。定着率も良く、現在のところ創業以来の離職者数は1名のみという好成績を収めることができた。「最近入社するメンバーは入社時点でのカルチャー理解の度合いが過去よりも非常に高い」と代表がふと漏らした瞬間もあり、採用ブランディングを適切に設計できれば企業ブランドを強く候補者へ伝えることができることを改めて再確認できた瞬間となった。

コーポレート・アイデンティティこそが全ての土台となる
ビジョンやミッションなどの企業の根底となる思想・価値観を採用フローへ根付かせるプロセスについて事例を通して今回は解説してきた。
以前の記事でコーポレート・アイデンティティこそが企業のブランド・PRの核となることをお伝えしてきたが、この企業コアを採用領域へと転用することで、他社が真似できないその企業独自の思想やカルチャーを候補者へ自然と滲ませるように伝えることができる。
採用フローには広報だけでなく選考や内定承諾など、様々なコミュニケーションの接点が存在する。
その各接点において、その企業らしさを込めたコミュニケーションを取ることによる一貫性こそがブランディングであるため、広報の側面だけをブランディングだと捉えてしまわないように採用担当・広報担当の方は気をつけたい。
広報で伝えていることと選考で伝えられること、そしてもちろん入社してからその伝えられていたことがしっかりと体現できていること。
これらをしっかりと相手のニーズやインサイトを鑑みながら伝えていくコミュニケーション設計やデザイン感覚が、これからより多様な生き方や働き方の生まれる時代においては重要視されていくと筆者は考える。

ヨハク代表。ブランディングプランナー。
経営者の思想を言語化し、企業のCI策定からコーポレート・ブランドを構築。企業全体のブランド基盤に紐づく形で、事業・採用・組織づくりを始めとする各分野のPR施策を企画・実行。その他、ブランディングの普及活動にも参画。一般社団法人 『日本ブランド経営学会』 理事。