
経営者の思想こそが、採用ブランディング成功の秘訣
「採用ブランディングをやりたいんです!」
目の前の人事の方は、きっとネットかセミナーかでその言葉を見つけてきたのだと思われる。
返した言葉はこうだった。「ブランディングってどういう意味だと捉えていらっしゃいますか?」
どの業界も、商品の機能性・スペックだけでは差別化ができなくなり、物が売れなくなってきた。電器屋へ行けば家電の機能はかなり近しいものばかり。
そうなると購買者にとって、最後の購買意思決定は「いかに価格が安いか?」という価格競争になぞらえる形になってしまう。
それはHR業界でも同様の流れが起きている。
売り手市場で採用が厳しくなっている中、「求職者に振り向いてもらいたい!」という思いの元、多くの企業が凌ぎを削り合うものの、どこも似たような訴求ばかりで差別化が難しくなってきている。
その中で「採用ブランディング」という言葉が生まれ、目を向けられるようになったのはとても自然なことだと思う。
企業にまつわるあらゆるブランドは経営者の思想から始まるため、そうすると模倣は難しくなる(人間1人ひとりの価値観が100%被ることは無い、という言い方の方がイメージがしやすいかもしれない)。
しかし、採用ブランディングの言葉の意味を「単なるプロモーション」として捉えている方も少なくない。
ブランド・ブランディングという言葉の理解が不十分なために、結局は広告をただ大量出稿するだけに終わるケース。採用ブランディングを謳いながらも実際は企業ブランドの概念を無視しているベンダー企業に一杯喰わされてしまうケースなどを筆者もよく耳にする。
そこで、今回は連載として「採用ブランディング」という概念を噛み砕いて理解すると共に、具体的にどのような点を踏まえて施策を考えていくことが必要なのか?を実際の事例紹介と共に書いていこうと思う。
「“らしさ”を貫き続ける」とブランドになる
筆者はよく「“ブランド”と聞いてどのようなイメージを持ちますか?」と初対面の方に質問することが多い。
肌感覚だが、この質問に対して高級バッグやAppleのロゴマークを想像するような回答が7割くらいを占める。
これらの答えは決して間違いではない。ただ、あくまでブランドの一側面でしかないことをも、しっかりと理解していないといけない。

では、ブランドとはいったい何なのか?
人によって説明は様々だが、筆者は「らしさ」という言葉で表現することが多い。
ロゴや接客スタンス、CSRや社内制度……などなど、会社とステークホルダーとのあらゆるコミュニケーション接点から作られるイメージこそがブランドの正体である。
また、よく「らしさ」という言葉で説明されることもあるが、さらに「約束」という捉え方をすることもある。
「あの会社だからこそ、ああいったサービスをしてくれる」「あの人にこの仕事を頼んだら、きっとこう返ってくるだろう」という、今までのコミュニケーションや実績こそがステークホルダーとの”約束”をつくる、と考えるとイメージがしやすいのではないだろうか?
さらに、この考え方を踏まえた上で「ブランディングとは何か?」を考えていく。英訳して考えると「Brand + ing」となるが、このingが肝である。
ingは中学英語で習うように「継続」を意味する言葉であることを考えると、上記の「Brand(らしさ・約束)」を継続することというように捉えることができる。そのため、「企業のらしさを貫き続けること」「企業の約束を守り続けること」といったようなイメージで“ブランディング”という言葉を理解していくことが、概念理解としては分かりやすいのではないだろうか。
(※あくまで筆者の中での言葉の捉え方であることを再掲しておく。人によって解釈が異なるものの、言葉の意味合いは似たものになることが多いので、その点は安心してほしい)
採用ブランディングは「企業の思想を候補者へ伝えること」
それでは、改めて採用ブランディングについて考えてみよう。
「採用+ブランディング」であることから分かるように、「採用フローにおいて候補者とのコミュニケーション接点で企業ブランドを一貫して伝えること」であると言える。
さらに噛み砕くと「広報・説明会・選考など、あらゆるタッチポイントで企業の思想やカルチャーを伝えること」とも説明できる。
例えば、単に「給与がいい」「福利厚生が充実している」といった広報だけでは企業の思想は伝わらない。
もちろん労働条件も大切なのだが、それだけでは「より良い待遇の企業」へその候補者はのちのち転職してしまう可能性がある。
恋愛で例えれば肩書きや年収目当てで付き合っているような状態に近く、価値観で繋がっているとは言えないような状況と構造は同じだ(もちろんそれでも構わない、という価値観でお互いが納得できているのであればそれも1つの形ではある)。
そのため、「なぜこれだけ給与が高いのか?」というところから見えるビジネスモデルの強さや、なぜそのビジネスを始めようと考えたのか?といった“自社だからこその考え方”も織り交ぜて伝えることをして、初めてブランディングと呼ぶことができる。
一貫性は「企業のコア」から生まれる
「採用において企業の思想を一貫して伝えること」が採用ブランディングである。
ではその企業の思想はどこから来るのか?
それは、企業ブランドの根源であるCI(コーポレート・アイデンティティ)に表されていることが多い。
よくビジョンやミッションという言葉で「企業がどこに向かうのか?そのために何をし続けるのか?」というそもそもの企業の存在意義を定義するケースが多い(無論、これらの言葉をそれっぽく作ってしまっていると採用はおろか企業ブランディング全体が徒労に終わる可能性が高いので、必要であればまずはこの策定からスタートするのが筋である)。
ビジョンという企業のコアとなる思いの実現を踏まえて企画された施策だからこそ、企業ブランドがそれぞれの候補者との接点に宿され、自然と伝わっていくことを理解していないと、良いボディーコピーはまず生まれない。CI(コーポレート・アイデンティティ)は、埃を被った額縁の中に掲げられるお飾りではなく、企業活動全般における最大の武器となり得る言葉だ。
つまり、「CI(コーポレート・アイデンティティ)→採用ブランド(採用コンセプト)→各施策」といった流れで考えていくことこそが、本義の“採用ブランディング”の考え方であると筆者は考える。
全ては、経営者の思想から始まる
採用ブランディングを考えるに当たって、CIが非常に重要なポイントであることはご理解いただけたかと思う。
企業は何かしらの意志を持って存在し、経営者が描く方向へとメンバーを引き連れ進んでいく。そのため、まずはその思想の独自性を探り、言語化していくことがマストとなると言える。灯台下暗しのようだが、意外とこの点に目を向けている経営者や採用担当者は数少ない。
逆を返せば、このポイントを抑えて企業の思想・カルチャーを候補者へ伝え共感を得ることができれば、他社へ人材が流れにくくなるだけでなく、候補者が「なぜ自分がここで働きたいと思っているのか?」を自覚することができる。
つまり、採用を通して企業のファンを増やすことができるのだ。
特に新卒就活はこれから採用時期が長期化するため、ヒトモノカネの資本を時期関係なく投入しやすい大企業が勝ちやすい構造になっていく。
その流れの中で生き残るためにも、中小・ベンチャー企業にとって「採用ブランディング」という考え方はこれからさらに必要性を増してくると考えられる。
そして、経営者や採用担当者は採用業務全体を通して「企業全体のブランドづくりの一翼を担っている」という自覚と責任を持って日々の業務に当たる必要性があると筆者は感じている。
企業のコアとなるCIに紐づく形で採用コンセプトや各施策を考え、企業の思想に呼応するメンバーを集めていく採用ブランドの構築を図る。
この過程では、コーポレート・ブランディング全体をも俯瞰する「鳥の目」を携えた上で事に当たっていくことが求められていくため、採用担当者には視座の高さがこれまでよりもさらに一層求められていくだろう。

ヨハク代表。ブランディングプランナー。
経営者の思想を言語化し、企業のCI策定からコーポレート・ブランドを構築。企業全体のブランド基盤に紐づく形で、事業・採用・組織づくりを始めとする各分野のPR施策を企画・実行。その他、ブランディングの普及活動にも参画。一般社団法人 『日本ブランド経営学会』 理事。