
人事が取るべき資格とは。代表的な資格と概要、業務への活き方
人事の仕事内容は、前回の記事でも紹介した通り、かなり多岐に渡る。人事企画・採用・育成・労務管理・人事制度管理など、それぞれの業務において必要なスキルや知識も異なるため、その習得には際限がない。
昨今、リクルーターという職業があるように、人事の中でも業務が分断されつつある。
特定の分野を極めてプロフェッショナルを目指したいという方や、豊富な知識を身に付けてキャリアアップしたいと思っている方も、それぞれ思考があるだろう。実務を通して学ぶのはもちろんだが、知識習得のためには資格取得に向けた学習もひとつの有効な手段である。
この記事では、人事におすすめしたい資格について、その資格をどのような業務に活かすことができるのかについても言及しながら紹介していく。
前回の記事はこちら:人事の仕事とは。5つの業務と必要な能力、高められるスキル、キャリアプラン
人事に資格は必要?
人事の業務には資格が必須というわけではない。資格が、採用や昇格の必須条件になることも少ない。
ただ、資格を保持していることで「これだけの知識やスキルを持っている」という客観的な証明にはなる。そのため、転職やキャリアップにおいて印象付けたり、ライバルに差を付けたりすることはできるかもしれない。
加えて、人事業務には労働者の権利保護や労働環境の整備などを規定した多くの法令がかかわってくる。法令や時代によって変わるルールを知っておくことは、業務に臨む上で必須だ。
せっかく学ぶのであれば、インターネットで調べて得た最低限の知識だけをインプットするのではなく、資格取得のための学習を通じて、より深く学んでおいた方が業務に活かせることだろう。
各資格の概要と業務への活き方
それでは、人事が取るべき資格の代表例とそれぞれの資格がどのような業務に活きるのかについて、あらためて整理してみよう。

人事総務検定
人事総務の実務や、その基礎となる法律知識を体系的かつ実践的に習得できる検定。資格区分は1〜3級に分かれている。
担当者レベルの3級は、雇用契約書の作成や入社手続きなど、従業員採用に伴って発生する業務や労働保険と社会保険のしくみなどについて学ぶもの。
主任レベルの2級は、労災手続きや雇用保険の給付手続きなどを学びつつ、労使協定や就業規則の作成を行って実務対応能力を身に付けていくもの。
課長レベルの1級は、2級よりさらに高度な知識を学びつつ、戦略的な人事制度の構築やトラブルを未然に防ぐ予防法務的な知識を身に付けて、働き方改革を推進できるような人材になることが目標に置かれている。
初めて人事に配属された方はもちろん、人事総務にまつわる知識を改めて体系的に学びたい人事や、働き方改革の推進に興味の強い人事にもおすすめの資格である。
衛生管理者
「労働条件や労働環境の改善を行って、労働災害を防止する」役割を担う、労働安全衛生法において定められた国家資格。
従業員が健康でストレスなく業務に従事できるように、快適な職場環境を築くことが役割であるため、定期的に作業場を巡視して作業方法や衛生状態に良くない点があれば改善することや、定期的な健康診断の実施、職場環境の照明や温度の調整など仕事は幅広い。
50人以上の労働者がいる事業場では、衛生管理者の選任が義務付けられている。たとえば東京支店に100人、大阪支店に60人の従業員がいる企業は、各支店に1人ずつ衛生管理者を置かなければならない。
このルールは民間企業の全業種・学校・病院などすべての職場において共通であるため、職場側から衛生管理者の資格取得を命じられる人事もいるようだ。この資格を取得しておくことで、業務の幅が広がり、他業種への転職の際にもアピール材料として使えるだろう。
マイナンバー実務検定
マイナンバー制度をしっかりと理解して、適正な取り扱いをするための検定試験。試験区分は1〜3級に分かれており、番号法(マイナンバー法)成立の背景や、番号法の内容から出題される。
税金・保険・年金などの管理のために使われるマイナンバーは、人事業務にもかかわりのある分野。ただ、社内でマイナンバーについて体系的に学ぶ機会はなかなか無い。マイナンバー検定の学習をすることで、制度の中で重要な箇所や難解な箇所の理解を自然と深めていくことができて、業務にも活かせるようになる。
個人情報であるマイナンバーは慎重に取り扱わなければならないため、企業側ではマイナンバーを扱う担当者をできるだけ少人数に抑える動きもあるそうだ。
マイナンバー実務検定に合格していれば、「マイナンバーへの理解が高い」という信頼が得られて、担当を任せてもらいやすく業務の幅が広がるだろう。

働き方改革検定
働き方改革の方向性を理解し、時代に合った人事施策を学ぶための検定。以下7つの試験が含まれる。
1. 「働き方マスター」試験:「働き方改革とは何か」の理解を目標とした検定試験。労働経済の現状とそれに合わせた企業の取り組み、働き方改革関連法の基礎を学ぶ。
2. 「働き方マネージャー」認定試験:リーダー的存在となって、企業の働き方改革を主導できるようになることを目標に作られた検定試験。働き方改革の実行計画や関連する法律を学ぶ。
3. 「労働法務士」認定試験:労働法務にかかわるさまざまな問題に対応できるようになることを目指して作られた試験。労働法務にかかわる実務と、その基礎となる法律条文や判例知識について学ぶため専門性は高い。
4. 「ストレスチェック」検定:従業員50名以上の企業・団体に義務付けられているストレスチェックの目的や内容、実施方法を学ぶための検定。労働環境の整備や改善にかかわる立場にある人事が、基礎知識として知っておきたい内容が網羅されている。
5. 認定ハラスメント相談員Ⅰ種試験:ハラスメント対策を主導できる、ハラスメント相談員を育成するためのもの。試験では、各種ハラスメントの基礎知識、相談に臨む際の心構え、質問へ対応する知識が問われる。
事業活動にも大きな被害を与えかねないのが、あらゆるハラスメントだ。トラブルを解決することはもちろん、未然の防止策を考えるのも人事の役割であるため、この試験は関連が深い。
現状、ハラスメント相談窓口や相談員の配置が十分にできている企業はまだまだ少ない。ただハラスメント対策の必要性は増しているため、今後需要が増えるであろう役割を担える資格である。
6. ハラスメントマネージャーⅠ種認定試験:各種ハラスメントの基礎知識はもちろん、管理体制の構築やハラスメント防止を目的としたマネジメントの実務能力を認定する試験。ハラスメント事案が深刻であれば、訴訟などに発展する可能性もある。そのため、ハラスメントのリスクを最小限に抑える、ハラスメントマネジメントの役割が重要になっている。こちらも認定ハラスメント相談員Ⅰ種試験と同様、今後さらに必要性と需要が増すであろう資格だ。
7. 女性活躍マスター試験:女性の意識改革を促し、活躍を推進するためのマネジメントを学ぶもの。女性の社会進出は年々進んでおり、どの業種・職種においても女性社員の活躍は目覚ましい。ジェンダーフリーやワークライフバランスを社内で推進していく立場の人事に役立つ資格である。
キャリアコンサルタント
キャリアコンサルティングの専門家に与えられる国家資格。
キャリアコンサルティングとは、従業員や求職者へキャリアプランのアドバイスをしたり、キャリアプランを実現するためにどのようなスキルを身に付ければいいかを一緒に考えたりと、人のキャリアを総合的にサポートすることである。
キャリアコンサルタントは、大学の就職課や人材紹介会社などで活躍しているイメージが強いかもしれない。しかし、人事の場合は、業務やキャリアにおいて悩みを抱える従業員や、就職活動中の学生との関わりもたくさんあるため、キャリアコンサルティングのスキルを活かせるフィールドは多い。
かつては民間資格だったものの、2016年に国家資格となるなど、キャリアコンサルタントの必要性は高まっている。人事でキャリアアップしたい方、人材関連会社への転職をキャリアの選択肢に含めている方のどちらもに取得をおすすめする資格だ。
メンタルヘルス・マネジメント検定試験
従業員の心の不調を未然に防ぎ、活力ある職場づくりを目指すべく、メンタルヘルスケアの知識を身に付けるための検定試験。
企業の組織活性化やビジョンの達成は、従業員が心身ともに健康で働けてこそ実現できるもの。しかし、仕事においてストレスを抱える人や、うつ病などによる休職や離職も増加傾向にある。
そのため、従業員のメンタルヘルス・マネジメント(心の健康管理)の整備はどの企業にとっても早期に取り組むべき課題なのだ。
検定試験はⅠ種からIII種にコースが分かれており、III種が「自らのストレスの状況・状態を早期に把握して、自らケアを行い、必要であれば助けを求める」スキルを身に付ける、一般社員のセルフケアを目的としたもの。Ⅱ種は管理職向けに部署内や部下のメンタルヘルスケアの推進ができることを目的としている。
一方でⅠ種は、メンタルヘルスケア計画の作成、産業保健スタッフや専門機関との連携、従業員への教育・研修などができることを目標に置いた、人事向けのものだ。
健康経営に取り組む企業も増えており、メンタルヘルス・マネジメントへの関心は高まっている。この資格を保持していれば、社内のメンタルヘルス対策を推進する役割に就きやすいだろう。
産業カウンセラー
産業カウンセラーとは、従業員にカウンセリングを行ない、メンタルや職場の問題、キャリア形成支援を行う専門家。心理学の手法を用いて、従業員が抱えている問題を自ら解決できるように導く役割である。
産業カウンセラー養成講座では、すべてのカウンセリングの基本となる傾聴も学ぶ。話し手の言葉を受け入れ、共感し、話を聴く傾聴のスキルは、あらゆる業務に役立つ。社内のさまざまな立場の従業員や、就職・転職希望の候補者と面談する機会の多い人事にとっては、身に付けておきたいスキルだ。
社会保険労務士
企業の経営資源のうち、「ヒト」に関する専門家に与えられる国家資格。採用や退職などの労働・社会保険に関することや年金についてなど、広範囲の知識が必要である。試験は、労働基準法、労働安全衛生法、雇用保険法などあらゆる法律から出題されるため、難易度が高い。
社会保険労務士の資格を取得していれば、労務管理の仕事を行う際に役立つことはもちろん、国家資格であるため転職市場においても武器になるだろう。また、独立開業を目指せる資格でもあるため、いずれ独立を視野に入れている人事は、取得しておくとキャリアの選択肢が広がる。
中小企業診断士
中小企業の経営者を相手にした経営コンサルティング業務を行うことを、公式に認められた国家資格。中小企業の抱える課題を客観的に分析し、経営資源を最大限に活かすためのアドバイスを送って、経営状態を改善へ導く役割である。事業計画の策定、IT化の推進、人事の適正化など、踏み込む分野は幅広い。
試験も、財務・会計、経営法務、経営情報システムなどさまざまな分野から出題されるため、学習する中で「ヒト」以外の経営資源に対する理解を深めることができる。他部門と連携する機会の多い人事が中小企業診断士の資格を取得しておけば、社内のハブとなって、経営改善のための人事・労務施策を進めていきやすいだろう。
最近ではスタートアップ企業を中心に、人事権を持った経営幹部である「CHRO(最高人事責任者)」のポジションが重用されている。この資格を取得しておけば、より広い視野を持って経営戦略に対する意見を伝えられるようになるはずだ。

目的別おすすめの資格
次に、それぞれの資格はどのような場合に取得するべきなのかを、目的別に整理してみよう。
入門・基礎知識を得られる資格
人事総務検定、衛生管理者、マイナンバー実務検定、働き方改革検定は、人事としての基礎知識を身に付けるときに役立つ資格だ。
初めて人事に配属された方はもちろん、「これまでは採用と育成を担っていたが、労務管理の担当になった」というように仕事内容が広がったタイミングで業務と並行してこれらの資格を取得すれば、基礎知識を体系的に学ぶことができる。
悩める社員の相談役になれる資格
キャリアコンサルタント、メンタルヘルス・マネジメント、産業カウンセラーは、「社員の良い相談役になりたい」、「社員間のハブになりたい」と考えている人事におすすめの資格だ。
上司や部下との関係性、働き方や環境において悩みやストレスを感じていながらも、部署内では相談できず悩んでいる従業員は多い。そんなとき、人事が相談役となったり、察知して従業員にヒアリングを行ったりすることが求められるからだ。
キャリアコンサルティングやカウンセリングのスキルを習得しておくことで、より前向きで効果的な話し合いを行うことができるようになるだろう。
難易度は高いがキャリアアップが期待できる資格
社会保険労務士と中小企業診断士は、難易度が高いため合格率の低い資格だ。出題範囲も広いため、多くの時間を注ぎ込んで勉強した結果やっと取得できた方や、何度目かの受験でやっと合格という方も多い。
普段から業務内容が多岐に渡り、忙しくしている人事が、仕事と受験勉強の両立を行うのはかなり大変だ。ただ難易度が高い分、資格を保持していれば「努力して資格を取得した、優れた能力を持った方だ」と見なされ、キャリアアップや転職において有利にはたらきやすくなるだろう。
まとめ
人事業務に役立つ資格は、意外にも数多くある。働き方改革が進み、労働をとりまく環境も日々変化しているため、時代の流れに応じて新たな資格も生まれていくはずだ。
日々忙しい人事にとって、資格取得は難易度の高低問わず簡単ではない。受験費用は掛かるし、講座や教材を購入して学ばなければならず、終業後や休日も資格取得に時間を費やさなければならないからだ。
「取得しておいた方が役立つだろう」というモチベーションだけで、仕事と両立して資格取得を目指すことは難しい。資格取得の目的や、その資格をどのように日常業務や今後のキャリアに活かしていくのかを明確にしてから、今の自分にとって必要な資格の取得に励むことがベストだと言える。

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